無駄なもの

 今日で新たにリビングになる部分の邪魔なものを全部取り払い、屋根裏の野地板まで見上げれるほどスッポンポンになった。 この二日間、たいへん汚い思いをしたが、これで汚い仕事の峠は越えた。

 この家の電気の天井裏配線は梁や桁に碍子を取り付けて張ってあるいわゆる碍子配線である。 さすがに昔の布で被覆されていた電線ではなく塩ビで被覆された単線だが・・・天井を桁の上まであげるつもりなので、この碍子や配線が下から見えることになる。 それはかえって面白いのだが・・・新たな天井面の上に行ったり、下に来たりしている。 それの処理はかなり面倒になってしまう。 さて、どうするベェかなぁ・・・なのである。


 既存の家なのでそんな問題が次々に出てくるが、まあ、仕事は順調に進んでいると思う。
 一般的な昔の日本建築は外壁の柱は半間毎に立っている。 そこへ中廉の窓を取り付ける場合、柱を一本真ん中で切ってそこへ横に框を入れて横一間幅の枠を作るのが普通だ。 最近は縦長の長細いサッシ窓を三個ほど並べる窓がある家を時々見かける。 そこは室内側は多分リビングなどで、おそらく床から天井まで届いているような縦に超ロングな窓である。 これを使う場合の良いことは柱を切り込む必要はなくなる点にあると思う。 欠点はサッシが一般的でないので値段が高くものになってしまうということだろうか。 この縦長の三廉の長窓をここの家のリビングに採用してみようと思う。 というのはせっかくの柱を切り込みたくないということもあるし、そこの箇所が道路に面しているので、人が通った時窓を開けているとリビング内が見えてしまうからである。 下部をフィックス窓にしてスリットガラス、上部を横に開口出来るようにしておけば風も通るし、目線が合うこともないだろう。
 それにもう一つ、キッチンとリビングとの繋がり部分だが高さを取れないが、逆にそこの天井部を漆喰のアーチ型の短いトンネルにして、そこを通ってキッチンからリビングに抜けて行く、という趣向も面白そうだ。 まあ、これも仕事が少し面倒になるのだが・・・。


 オフがまだ30代の頃一度ハウスメーカーの宣伝用のオープンハウスを見学に行ったことがあった。 内部をいろいろ見て、家としては狭いながらも使い勝手が良さそうで、考え抜かれた構造になっているなぁ、と感心したものである。 しかしながら、帰ってからずっと腑に落ちない何かが心に引っ掛かっていた。 その感じが時間とともにだんだん強まってくる・・・二、三日してからようやくそれが何が原因であるか気が付いた。 そうだ、そうだ、あの家はたしかに合理的に考え抜いて造られていたが、逆にそれがどこか息が詰まるような感じを生み出していたのだ・・・あの家のまったく無駄のない造りにこそ、その息が詰まる原因があったのだ・・・と。
 いずれにしろ、家というのは何かその家のポイントになるものが一箇所ぐらいあったほうが面白いものになると思うし、たとえそれが一般的に考えてまったく無駄なものであっても良いのだと思う。 いや、むしろそれが無駄なものであるほうがかえって面白いモノになったりするのだと思うのだが・・・。


 今日の仕事


 前の応接室の壁下地の胴ブチを外す。 吸音板の天井板をまくり、吊り天井を落とす。
 いずれリビングとのつながり部分になるキッチンの押入れを壊す。