古民家へのこだわり

 一般に不動産屋サイトで古民家という場合、萱葺きの屋根の建物を差し、現実には萱葺きの上にトタンなどが被せられている家が多い。 ほとんど玄関の横に田の字型になった和室が四部屋あって和室の前側は縁側になっているものが多い。  同じように田の字型の和室が四部屋あるが、屋根は瓦葺の場合は、農家物件と言われる場合が多くおのずと区別されている。 その中間に、もともと萱葺きだった家をその後屋根だけ直して瓦屋根にしたものもある。 そのような家は瓦屋根の二階建て形式だが平屋である。 、形は一階の四方が下屋になっていて、その上に短い柱と壁が立っていて本屋根が乗っている形式なのですぐ分かる。 昔の天(アマ)の下の梁を残してその上に屋根をしているから、おのずとそのような形になってしまうのだ。
 オフが綾部で手掛けたのは萱葺きの上にトタンを被せたの古民家で、今回の八千代の家は瓦屋根の二階建てで、こちらは農家物件である。 一階の上は半間ごとに角の梁が並べられていて、その上に板を張ってありそれが天井板で、同時に二階の畳下の板を兼ねている。 だから一階と二階との間の天井裏はないことになる。 当然一階も二階も天井は低く、背が高いオフが手を伸ばせば天井に手が届く程度の高さである。


 古民家にしろ農家物件にしろ、太くて良い木材を使ってあってメンテナンスを怠らなければ、100年、200年ぐらいはじゅうぶん持つ家である。
 そのよう日本の古い家の弱点は基礎にあるのだが、それはそれとして・・・田の字型の和室はもともとそこで冠婚葬祭を家で行なうべく想定されていた。 そのため普段は家の中で一番良い位置にある座敷などは使われないままのことが多かった。 そんな点が若い人から嫌われる原因である。 オフでも田の字型の和室の使い道と言うとなんとなく困ってしまう。 結局田の字型の和室は付け足し的な部屋になってしまい、玄関奥がLDKとなり、椅子やソファーに慣れた今の家族が普段過ごす空間となる。 では和室を寝室として使うかと考えても、襖や障子戸で仕切られた部屋は寝室としてもどことなく心もとない面がある。


 ただ、兼好法師も言っているが、日本の家は蒸し暑い夏の生活過ごしやすいように造られている。 つまり田の字型の和室は、本来襖や障子や雨戸などを四方開け放てば、何処からでも風が入ってきて抜けていく造りなのである。 オフはこの趣旨は大賛成である。 夏の蒸し暑い夜、南北の戸を開け放って寝ると、夜半過ぎには部屋の中をゆっくり空気が流れていくのを感じ取れる。
 寒い冬は閉め切って家の中で暖房をすれば過ごせるものである。 ただ小さい部屋で仕切って生活するのはどこかせせこましいので、出来るならLDKはひと続きにして広く使いたい・・・となると冬の暖房費がかさんで大変である。 そこで採用するのが部屋全体を暖めるのではなくて、熱くない程度の伝導熱を利用する床暖房がベターということになる。 オフの今やっている古民家や農家物件の改装はそのようなコンセプト、つまり夏は戸を開け放って冷房なしで過ごす。 冬は熱くない程度の伝導熱、床暖房を利用する。 なるべく部屋の仕切りを取り除いて広々とした空間で過ごす。
 ただ、床暖房だけでは冬は寒い地区がある。 その場合は補助の暖房が必要になってくるが、それには薪ストーブがお薦めである。 ただし、出来たら主人は冬燃やす薪を自分で調達する気構えが欲しいものであるが・・・
    

 今日の仕事


 玄関まわりの柱や桁などに二度目の塗装をする。 丸桁は塗装しないままでおくが、そのまま白漆喰を塗ると壁面と接している部分に木のアクがにじむことが考えられる。 そこで壁面と接している部分にクリアーの塗料を塗っておく。 東側の柱にはヌキ穴が空いたままになっている箇所が幾つかあり栗材で埋木しておいた。 中廉のサッシ窓が入る箇所の寸法を4センチ間違えていたので、下部の窓框を外して入れ直した。
 ネットで注文したフローリング材が入ってきた。 しばらくして桧の野地板も届く。 この後二階の天井を落として梁の上で新たな天井を張って行くのだが、そのため天井裏の掃除を済ませておこうと掃除機をもって二階の天井裏へあがる。 電気の新たな引き込み線を張替えに来ていた電気屋がブレーカーをチョコチョコ落とすので仕事にならない。 二階にあった布団や衣類などを一階に降ろして整理したりする。