情けない画家がいたが・・・

 昨夜から雨が降って、涼しい。 連日30度まで上がっていたので、この涼しさはありがたい。 
 だが、昨日届いた枕木が雨に濡れて、クレオソートの強烈な臭いがあたり一面に漂っている。


 夏至も過ぎ、今月もあと一週間あまりである。 なんとか今月中に母屋だけでも終了しようとして急いでいるのだが、細かい仕事がいろいろあって月末までに終われるかどうか微妙なところだ。 その後は蔵の仕事になり、抜けている床直のやり代えと、外壁の補修、それに南北の小窓つくりがある。 蔵の床材は桧の五分(15ミリ)のフローリングを張るのだが、すでに8坪分届いている。
 それらの仕事もどんなに遅くてもお盆までには終わるだろう。  この仕事に掛かったのが去年の9月の11日だったから、おおよそ一年の仕事となった訳だ。 長いような短いような・・・日々だった・・・。
 完成する前に売買に出そうと思っている。 少なくともヤフーか楽天の不動産情報、それに古民家情報を出している不動産屋二軒ぐらいに声を掛けようと思っている。 値段は不動産屋に任せるつもりであるが、その値によって一応自分の労賃が割り出されることになるわけだが、しかしそれだけでは絵に描いた餅で、実際には売れた値からはじめて労賃が出るわけである。
 資本主義の社会では、本人がどんなに努力、苦労したかで値が付くわけではない、つまりその商品を市場がどのように判断するかで値が決まるわけである。 中身はほぼ同じでも、ちょっとしたデザインの良さでバカ売れしたり、全然売れなかったりするようなことが往々にして起きている。
 それも才能のうち、と言えば言えるのだろうが、努力とか、苦労という語がやや軽んじられているが、実際には決してそうではないのだと思う。
 ただそれだけに頼っていても駄目なのである。
 結局、最後は自分の感性を信じて前に進むしかないと思うが、物事を先取りするというのは簡単そうでこれがじつに難しいことなのだ。
 そのためには常に考え、考え抜いた上での新しい感覚、感性で、パクリでない、つまり物真似でない新しい<物語>を作り出すことなのだろう。
 そのためには自分のやっていることを、あるいは自分を、ウソいつわりなく最後まで<信じれるかどうか>だろう。
 そこを最後まで信じるれるからこそ人は迷いの中でも、一人ぽっちでも<がんばれる>のだろうと思う。
 


 今日の仕事


 朝一番下プラを練っておいて、昨日の続きで柱のヌキ穴に埋木をする。 約30分ほどで下プラは塗れるようになり、一昨日張った勝手口のプラスターボードの上に下塗りする。 余った下プラは和室の縁側の壁にも塗る。 まだ塗っていない壁面はこの和室の縁側が残っているだけである。
 左官の舟を洗い、プレサンドという調合されたモルタルを練る。 それを今度は風呂場側の壁、昨日メタルラスを張った上に塗る。 予定ではこの上にタイルを張るつもりなので、なるべくデコボコをないように垂直にしようとするのが、これがなかなか難しい作業である。
 風呂場で四苦八苦していると追加注文したレンジフードのアタッチメントや幕板が届く。 幕板が何で高いのか分かった。 なんと10枚も同じ幕板が送られて来ているからである。 おそらく問屋サイドからの注文はワンロット10枚が最低の注文となるのだろう。 しかし一枚あれば足りる幕板が10枚もあってもどうしようもないのだ。  オークションにでも出して安くても売れればよしとするぐらいだろうが、オークションでよく新品がでるのは、そのような場合もあるのだろう。 
 レンジフードの上部にアタッチメントを左側へ振るように取り付けて、いざレンジフードを取り付けようとしたらそのアタッチメントの出っ張りで奥行き少なくなり下がり壁に当たって取り付かない。 仕方なく壁に3センチの板を上下に当ててレンジフードの位置を前に出して取り付ける。
 レンジフードは取り付けたが、今度は幕板が下がり壁に当たってしまう。 そうこうしているうちに指先を幕板で切ってしまった。 毛細血管だが動脈だったのだろう血がポタポタとあたり一面に落ちる。 指の手当てをしてから、幕板をムリムリ斜めに取り付けたが、どうも気に入らない。 今日はこの仕事に関しては何をやっても上手くいかない。 腹が立ってこれ以上手直しする気にならないが、明日にでもやり直しするつもりだ。
 朝一番に塗った下プラが乾いてきたので漆喰を練って塗る。 今日は昨夜から雨のせいか漆喰が面白いようによく伸びる。 左官仕事は生地への水加減や練り具合もそうだが、天候にもかなり左右される微妙な仕事だとあらためて感じ入る。 だが、今日の漆喰はちょっと塗料を入れすぎて色が濃くなってしまった。 最後に時間があったので、リビングの柱のヌキ穴へ埋木をして、塗装して、今日の仕事を終える。