書院造り

 朝から雨である。 まあここのところお天気が続いたので久しぶりの雨である。
 分かっていたことであるが外仕事である壁塗りは今日は中止する。 でもこれから寒くなるので、モルタルにしろ、漆喰にしろ、乾きが悪く壁塗りには日一日と向かない季節になっていくわけだ。
 腰の具合は少しずつ良くなってきている。 しゃがんだりするのも少しずつ楽にできるようになってきているが、ただ腰を急に捻ったりすると痛みが来る。 運転していてバックしようと座ったまま後ろを振り向こうとしたときに鋭い痛みが走った。
 運転は最もそうだが、座っている姿勢が一番良くない気がする。 立って歩いたり、横になっているときに痛むことはなくなった。 急性の炎症がかなり治まってきているのだろうと思う。 


 今日の仕事

 書院を造る。
 床の間、書院、床脇、これが日本間の座敷造りの三点セットの定石である。
 この家の座敷は真ん中に床の間、その左側に仏壇入れ、右側が書院と配されている。
 本来なら書院というのは床の間と直角に位置するものだが、ここの家では並んでいる。 書院はその字のごとく昔はそこで書を読んだり、書きものをした場所である。 そんなことを言えば正面真ん中の床の間とは本来特別な偉い人が座る場所であって、そのために座敷より一段高くなっているのである。 いずれにしろそれらは今では日本の座敷の意匠的な飾り空間となって残っているのである。 
 書院は本来そこで書を読んだりする場所だから、明かりが入る場所であることである。 この家は以前は書院の壁側はガラス欄間の付いた一筋鴨居の引き戸であった。 多分後から付けたものあろうが、おかしな場所に出入り口を作ったものである。
 今は出入り口をやめてフィックスとすべり出しのコンビの中廉の窓があり、明かりを取り入れている。
 以前の書院は作法にのっとった丁寧な仕事がしてあった。 部材などの高さや厚さ奥行きなどは床柱を主として大きさ長さなどの決まりがあるのだ。
 まさに有職故実の世界そのものである。
 有職故実と言うのは昔から宮中での行事や儀式においては、儀式そのものの次第から、誰がどこに座るか、衣装は何を着るか、部屋の中の飾り付けはどうするか、といったことまでたいへん細かな決まりごとが多くあったのである。 そして、それらの決まりごとは行事に参加しようとする人々にとっては決して踏みはずしたり、間違えたりしてはならないものであって、もしもそれらを誤ることがあれば、ひどい失笑を買って後々まで馬鹿にされても仕方のないことだったのだ。 大工の有職故実はこの床の間や床脇、書院造りに残っているのだ。
 もちろんオフにとってはそのような決まりごとは何の意味もなさないが、意匠的に見ればそれは一応完成された様式美であることは認める。


 この場所は以前雨漏りが激しく、半分木が腐って駄目になっていたこともあり、すでにばらしてあった。
 まず、残っていたケヤキの地板を外して縦に切って奥行きを半分にすることにした。  おかげで横の妻板などは見えてる部分が三分(9ミリ)ぐらいの幅になってしまった。 地板に敷居溝を入れてそこへ以前の格子の書院障子を入れ、その上に格子の欄間を入れていくのが書院造りの仕事である。
 書院障子や欄間は以前のものをそのまま利用するので、言ってみればそれらを入れる枠を造ればよいのである。
 障子の幅から二寸(6センチ)の垂木を半割りにして使うことにする。 しかし、芯持ちのヒノキの間伐材の垂木は挽き割るとすぐ反ってしまって使い物にならない。 ためしにもう一本挽き割ったがやはり反ってしまう。 今日は材木屋はお休みである。
 仕方なしにとって置いた前の部材を持ち出してそれを再利用することにする。 このような場所の仕事には、正目の杉が素直で加工しやすく向いているなぁとあらためて思う。 最後に障子を入れてみて、分かっていたことだが、ああ床柱が傾いているのだなぁと・・・とあらためて嘆息した。
 四時前に終わったので、明日の外壁のモルタル塗りのためにホームセンターへ砂を買いに行く。
 今日は朝から雨だったのでモルタル塗りは中止したが、いよいよ明日から左官屋仕事である。 腰を痛めているのが少し気がかりだが、そのため電動ミキサーも買ったしまあ何とかなるだろうと思っている。 それよりも今度は籠手を強く握って動かすため、どちらかと言えば腱鞘炎が出てくるのではないかと心配だ。