田舎で

 田舎では忙しかった。 だが忙しいわりには何も出来なかった。 あれもやろう、これもやろうと思っていたがその半分どころか、ほとんど出来なかった・・・やったのはせいぜい十のうち二か三程度のことだけだった。 とにかく冬タイヤを履き替え、受診を済ませ、車検を受ける。 前回帰った時に頼んでおいた自宅の水道管のつなぎ込みが帰っている間にようやく終わったが、長年溜まった錆で洗面台、風呂シャワー、などの水の出が悪く、取替えが必要になっていた。
 
 
 待望の孫との四度目の顔合わせをした。 上の孫はすっかり顔が変わってしまっていた。 先日写真を送ってもらったのだが、その時はまだ以前の顔だったのだが・・・とにかく子供は成長が早いものだ。
 下の孫の顔を見たときは、ああ、やさしい顔をしている子だなぁ、と思った。 見せに行った叔父さんところでは、女の子みたいだ、と言われていたが・・・女の子とは思えないが、とにかく柔和な顔をしているし控え目でおとなしい子供だ。


 息子達が帰って来て二日目の夜、お母さんはソファーで下の子供にお乳をやっていた。 息子はダイニングのテーブルでノートパソコンを開いて持ち帰った仕事をしていた。 オフはその向かいの椅子に座って一人酒を飲んでいた。 上の子供は息子の横の椅子の上で一人で遊んでた。 静かな春の夜のひと時だったが、突然一人遊んでいた上の子供がワッ〜と泣き出した。 見ると粉ミルクを溶かすために置いてあった持ち運びできる小さなポットのお湯を足の腿にこぼしてしまったのだ。 息子が抱えてキッチンでズボンを脱がせ赤くなっている患部をオフが濡れタオルで冷やした。 三、四回タオルを替えて冷やしていたが、その内に患部の皮が剥けてきて破れたので、あわてて近くの病院へ電話して車で乗せて走った。 手当てを受ける間も上の子供は泣きっぱなしだったが、家へ帰って布団に寝かせると、痛みが引いたのと泣き疲れたのもあってか眠ってホッとする。 今回は表皮が剥けた火傷だけで終わったが、子供を一人前にする過程にはいろんなことが起きるのが当たり前だったなぁ、とあらためて思い出だされた。


 息子の嫁さんと二人の時に、じつはあんたの旦那が子供の頃、息子の子育てはほとんど女房に任せきりで、俺は何もしていなかった・・・と話した。 
 とにかく当時の記憶が・・・子育てに関してもそうだが、ほとんどものの見事に何も残っていないのである。  もともと過去の出来事の記憶は悪い方だが、とくに上の息子の子育てに関しては何も残っていない・・・叔父さんの家へ孫を見せに連れて行ったが、その時に、当時女房がしょっちゅう上の息子と小さな娘を連れて叔父さんところへ遊びに来ていた、と聞かされたが、恥ずかしながらそんなことすら当時まったく知らなかった。 そんな訳で、子育てに関しては全部女房に任せ切りだった、と少し懺悔するような気持ちで息子の嫁さんに話した訳だ。 でも、そのことが半面教師となったのか・・・息子はオフと違って子供と良く遊んだり世話を良くするようだ。 上の子供の方も息子になついていて、どちらかと言えばお父さんっ子のようにも見える。
 

 息子が生まれた年に、とにかく帰りたくなかった田舎へ帰り、どうしょうもなくなっていた商売を切り盛りを始めたのだが、そのことで精一杯でそれ以外のことをやる余裕はなかった。 そう言えばもっともらしい話のようだが・・・息子の嫁さんにはそんな風に語ったのだが、その後になって一つだけ思い出したことがあった。 たしか上の息子が、一歳か二歳の頃だったと思うが、女房と三人で夏に海へ海水浴に行ったことがあったのだ。 その時まだ小さな息子には水着など着せないで、裸ン坊で波打ち際で遊ばせていた。 それを見て泊まった民宿の子供たちが、息子のことを、フリチン坊や、フリチン坊や、と呼んで囃していたことがあった。 さらにそれに続いて思い出されることが出てきた。 そこの民宿を選んだのは、夜に沖の一文字防波堤へ渡し舟を出してくれていたからだったと思う。 昼の海水浴よりも、夜に釣りに行きたくて、そこの民宿を選んだのだった。
 当時たしかに仕事人間だったが、月に一度か二度の休みの日は、朝から次の日の朝まで24時間家を空けて魚釣りに行っていた。 仕事をしながら合間には、魚釣りのことばかりを考えていたような気がする。 そうすることで精神的なバランスを保っていて、当時、ストレスを海に捨てに行っている・・・などともっとらしくうそぶいていたことも思い出す。


 今日の仕事

 田舎へ帰っている間に左官屋の下塗り仕事がだいぶ進んでいて、和室などは上塗りが終わっていた。
 縁側に昔雨漏りした壁があったが、その壁土に柱などのからのアクが滲みこんでいて、それが下塗りににじみ出ていた。 下塗りを二度塗りするとアクは表面に出ないようだ、と左官屋は言うが、二度塗りめが完全に乾くまで上塗りを待つように指示する。
 この左官屋は腕が良いのだが、やたら薄塗りをする。 当世大流行のクロス壁のコスト安に対抗するため薄塗りをするようになった、と言うが・・・壁の材料費などだかが知れていて、左官仕事は時間が掛かるので手間賃高なのである。 まあ、材料費は当方持ちだから、少しでも安上がって良いのだが・・・これが自分の家の壁だと、もう少し厚く塗れ、と言うだろうなぁ・・・それくらい薄く塗っている。
 休んでいたのがアダになって、逆にこちらが尻を追われる立場になってしまった。 帰りぎわ、明日一日休むよ、と言ったのでホッとしている。
 

 隙間があって気に入らなかった和室の窓枠をばらして取り外す。 そのやり直しと奥の寝室の窓枠を取り付ける仕事の下準備をする。