姫路の家

 姫路の家へ行って来た。 
 今日のところは挨拶代わりと言うか、顔合わせのつもりだった。 さいわい現在家に住んでいる人が在宅で中へ入って話をする。 まず、この家の所有権が先月末に当方に移転したことを伝えて、工事を予定している来年の三月頃までには立ち退きして欲しいことを伝える。
 家に住んでいるのは70歳過ぎと思われる一人暮らしのお爺さんである。  収入は月々10万円程度の年金だけで、蓄えのお金などないし、病院へも行っている身だしこの先家賃を払って生活していくのは大変だ、と訴えられる。 近くの民生委員の人にでも、市営の安い住宅へでも入れないか相談してみたら、と勧める。 それに多分奥さん名義だろうと思われる土地が門を入った横に畳三枚分ほどあるので、それを当方で相場の値で買い上げたく思っているので、そうすればいくばくかのお金になると思います。 と言ったら幾らかの金になるということに対して少し気が動かされたみたいだった。 もともと加古川で住んでいたらしく、十年前頃から奥さんの実家である当地に移り住んだらしく、出て行くなら姫路は嫌で、加古川の方がまだましだ、とも言う。 ここ一年ほど前にその奥さんが亡くなったらしいが、表札に上がっている奥さんの姓と当人の姓が違うのも気に入らない。 
 わずかの土地の売買の時に相続の問題が出てきたらややこしくなりそうである。
  隣の家が最近境界に塀をしたのだが、目印の+の印よりもはみ出ている、と言い出だしたので、そろそろと歩いて二人で外へ出て確認する。 たしかに+印から幾分か当方寄りのところに新しい塀が作られている。 しかし、その塀の部分に姫路市の名前が入った新しい印が打ってある。
 隣の家は年寄りだと馬鹿にして、こんなことをした、と言う。 この話を車で帰る途中で考えたのだが、どうやらそこは昔は人一人が歩いて通れる程度の細い道路だったが、公道ではなく隣と半分づつ土地を出し合った私道だっただろうと思う。 もうお互いにほとんど利用しない私道だから、その私道の真ん中までは自分の地面だと市当局立会いの上で塀をしたのではないかと考えた。 まあ、それなら仕方ないことであり、そして隣の塀の外側が境界だと思われる。 
 お爺さんはやっとこさ歩いているようだが、頭の方はしっかりしていると思った。 それに驚いたのは風呂の脱衣場のところに洗濯したタオルが十枚ほどづつ綺麗にたたまれていくつかのに分けて棚にキチンと入れてあった。 後で嫁さんにそのことを話すと、オフとはえらい違いやなぁ・・・と言うから、あんたのところもあれほど綺麗ではないでェ、と答える。
 

 さてさて肝心の家の方だが、玄関などを見ると決して高価な材料を使った凝った立派な造りではないが、屋根の垂木は二寸角強はある丈夫で太い材を使っている、まさに古くて素朴な農家の建物である。 だが、けっして安普請の家でもない。
 和室の口の間とその奥の床の間のある座敷との仕切りは高さが二尺(60センチ)ほどある大きな差し鴨居が使ってあるのが印象的である。 大黒柱はケヤキで見た目には八寸(24センチ)角ほどあるなぁと思った。
 玄関を入ると土間で、土間は突き当たりの裏玄関まで続いていてその右側にある台所もコンクリートの土間で、コンクリートの上に直に流し台が置かれている。 その台所の上はかって長年カマドで煮炊きしていたのだろう、壁も柱も天井も全部煤で一様に真っ黒である。 台所から梯子で上がれるアマは、お爺さんは一度も上がったことはないと言っていたが、全体に屋根が低いし梁があって完全な二階には出来ないと思うが、ロフト的な部屋は造れそうである。 しかし汚いだろうなぁ・・・。
 一階の天井は梁天井で、つまり梁の上に直に厚板が乗せられている天井で、それが同時に二階の床を兼ねているいわゆる昔の農家の造りであって、この造りの家はオフは八千代の家は一度手掛けている。 この天井は素朴だが、その後の棹縁天井などと違って、材料が分厚いだけにその後の痛みが少ないのである。  だが何よりも嬉しいのは、全体に当時の造りに後からあまり手が加えられていないことである。 もちろん台所の壁面など手が届くところはベニヤ板が張られているが、胴ブチで下地をして大工さんがキッチリ作った感じではなく、素人仕事で柱に直接ベニヤ板を打ち付けてあるような感じで、その気になれば簡単にまくれそうであることだ。
 一番気になるこの家の傾きや土台の状態だが、これはレベルを出して見たり、和室の畳と板をはがして柱の下部を金槌で柱を叩いてみなければ詳しく分からない。 一番知りたいことだが、さすがにこれは後日の作業にするしかない。
 見上げた感じでは屋根の垂木はまだ持ちそうだが、家の見てくれをよくするのは少なくとも瓦を降ろして野地板を替えての、瓦の葺き直しが必要になるだろうと思う。 それに家の傾きによっては家全体を曳き屋に持ち上げてもらい、下部にセメントの基礎が必要になってくるだろう。 この家はそれをする価値は十分あると思うが、それをして売り出し値が高くなってしまうと、はたして買ってくれる人いるか?というもっとも肝心で嫌な問題が出て来てしまう。